「暇であること」への罪悪感はなぜ生まれる?どう手放せる?

ライフコーチ関口梓のブログです。Los Angelesより、わたしたちの大切な毎日がエフォートレスに輝くヒントをお届けしています。

コロナの嵐を心静かに見守り、自分らしくvividに生きる人を応援します → COVIVID-20宣言


 

おうち時間が増えたことで、人との接触が減っている現在、外でばりばりがんばっていらした方には少しきつい状況が生まれているかもしれません。

「暇な時間に慣れない・・・」「自分が誰にも役に立っていない気がする・・・」という罪悪感に似た思いは、少々楽しいことをして紛らわせてみても、またすぐにモヤモヤとした霧が心に広がるように感じられるものです。

「ヒマ(Hima)」という言葉をフランス人に発音してもらえば、hが無音になり「イマ(ima)」となる。暇を生きるとは、いまを生きること。

「暇は悪、充実は善」という概念から自由になり、暇でもそうでなくてもしなやかな心で受けとめられる姿勢は、このご時勢に関係なく、エフォートレスな生き方につながります。

そこで、もう6年前になるのですが、関口が発行していたメールマガジンより、「暇との付き合い方・捉え方」について書かれたものをお届けします。

昔すぎて、文章のノリとかちょっと恥ずかしいので(笑)、途中からはサイト会員の方限定での公開とさせていただきます。

 

〜* 以下、2014年に発行された関口梓による「女子力アップメールレッスン」より抜粋 *〜

おはようございます。ライフコーチの関口梓です。

今日は、長年わたしの心を波立たせてきたキーワード第1位の“あの一文字”に迫ります。

次の言葉を聞いてどんな感じがしますか?

「あなたっていつも、そうでうらやましいな」

…いかがでしょう?

わたしは何を隠そう、この、人から言われる「暇」認定が大嫌いでした。

こう書くと、そもそも暇自体を受け入れない人のようですが、何もせずだらだらすることは大好きなのです。

休みの日はとにかく何も予定を入れたくないほうです。お休みの日にスケジュールをびっしり入れることができる人には憧れてしまいます。

しかし、わたしのようにだらだら過すのが好きな人も、逆に予定がこまめに入っていないと落ち着かない人も、実は同じ思いを抱えています。

それは・・・

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